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「残酷の一夜」楳図かずお

2011 10 24
楳図かずおこわい本 (神罰) (楳図かずお恐怖文庫 (7))

楳図かずお 怖い本 7 (神罰)

こういう一文を軽く書いたことがあります。
その理由を詳しく下に記そうと思います。

。。。。。

「残酷の一夜」(楳図かずお 怖い本 7 (神罰)に収録)はとてもとても怖いです。

私はたまに、本当に、もしかしたら今も誰かが覗いている箱の中で、「はっ!」と現実に戻る瞬間がくるのではないかと思うことがあります。

それは世界を覆す人生観なのです。

。。。。。

それはどのようなものかといいますと……

――あらすじ――

残酷の一夜は、ある産院で産まれたばかりの男の子を抱いた両親の元に妖しい男が現れ、「その赤ん坊は不幸をもたらすから今のうちに死なせた方がいい」というのです。

当然、両親はそんなことは聞けません。

するとその男は「ではこの箱を覗いて見てください」と、上に穴の開いた箱を差し出します。

両親は覗きこみますが、そこには何もない空の箱です。

両親はその男を追い返し、赤ん坊を育てます。
無邪気な男の子に育っていたのに、幼い頃から、無邪気だからか、動物を殺したりして遊びます。

両親は不吉な気持ちになりつつ育てますが、乱暴になった息子は人殺しになり、行方をくらませます。

しかしある日その息子はいかつい荒くれ者の形相で両親の元に現れ、金の無心などします。

当然断る両親。
すると息子は親を殺します。

消えつつある意識の中、親は「あの男の言うことは正しかった、赤ん坊のうちに死なせておけば……」

と、思った瞬間、「はっ!!!」と気付き、箱を覗いていた産院の時に戻るのです。

謎の男は「わかりましたね」と言い、赤ん坊をそっと死なせ、去ります。
両親が箱を覗いていた時間はほんの数分でした――。


。。。。。


私はとても過去を振り返るし、ひきずります。
でもそうするととても辛いので、振り切って、今を充実させて、これから先を楽しくさせようと努力をしています。

「呪い」のような気持ち。
そういう気持ちはさっさと忘れられたら楽なのですけど、簡単に処理が追いつかず。
ずっといろいろぐねぐね考え、囚われていました。

「一番の復讐は、私が受けたのと同じ思いをさせること」と思って、「アイツ等にあの体験を私の立場になって味わわせることができれば、漫画『残酷の一夜』の両親のように、現実に”はっ”と目覚めた時、きっと私に誠心誠意、謝罪をするだろう…」なんて想像していたこともあります。

そしてその時、私も”はっ”と、「もしかしたら、私が何か非情なことをして、憎み恨まれ、”同じ気持ちを味わえばよい”と思われているから、今、私は辛い状況にあるのではないだろうか」「これはもしかしたら誰かの呪いの中、夢、非現実なのではないだろうか」など思ったこともあります。

「幸せになるには」ということをよく考えます。
数学のように、後ろへ後ろへ回答を求めるように。

「若い頃にやっておけばよかったなあ」と思うことは今からでもやる。
10年後に「10年前からやっておけば実になったかもしれない」と思うかもしれないから。
今の人生で今が一番若いから。
後悔をしないように精一杯行動します。反省はたくさんしますけれど。

幸せになることにとても貪欲になりました。

明智抄のモチベーション

2011 03 10
砂漠に吹く風 (1) (Beam comix)砂漠に吹く風 (1) (Beam comix)
(2003/02)
明智 抄

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「サンプル・キティ」から「砂漠に吹く風」「死神の惑星」へと、明智抄のシリアスを読んで思ったのは「生きていていいよ漫画」なんだなーということでした。

その前に描かれた「始末人シリーズ」はシュールすぎて手放したのですが、「違う読み方ができるかも」と思って買い直し、再読したところ、面白い!!

ストーリー漫画は感情移入できるキャラがいなければハマれないと思っていましたが、これは作者の気持ち、いいたいことを想像すればいいのか、と思いました。

そのそろえた文庫のあとがきに
「Iさんにはホントいくら感謝してもし足りませんな」
「Iさんにはまんが家としてじゃなく人間としてもとても成長させてもらいました」
とあり、つくづくすごいな、と思いました。

なぜかというと、「砂漠に吹く風」のあとがきに「まんがを描くモチベーション」が書かれており、そこにIさんらしき人のことがあったからなのでした。

---

「まんがを描くモチベーションについて」(引用)

ほんのちょっとだけ昔に、自分が生きていること(生き続けなければならないこと)の意味を自分で否定し続けている人がいて
でもホントは否定したくなくて
本当の本音は自分が生きていることを祝福したくて

それで苦しまぎれに自分が生きていることの意味を他人である私にずっと問いかけている人がいました。

「そーゆーコトは自分でみつけたり決めたりするものでは?」とか思う私でしたが

ではいったい私は私の人生のために何かをみつけているかとゆーと、どうも見つけてるような気はするんだがうまく説明できない。

それで私はずっとその人と私のために「自分が生きていてあることを祝福する瞬間」とでも表現できそうなコトガラについて考えてきました。
(さがし続け求め続けていれば 答えとゆーのは見つかったり与えられたりするもんだよな)

そしていつかは私たちはそれを見つけることができて 私たちはもう苦しまないだろう

さがし続けていればいいんだ!

そーゆー「こたえの見つかった未来」を願い そしてそんな未来が必ず来ると信じていた頃にこの「砂漠に吹く風」を描きました。
(なので今ちょっと読み返せない ナイーブな私です。)

私はいつもその人に「自分が生きてあることを祝福する瞬間」のことをつたえたくて漫画を描いてたの。
そして私のそんな気持ちを知ってか知らずか私がそうやって描いたまんがをその人は一作も読みませんでした。

でもそれは多分正しいです。私にとってまんがを描くという作業は、私の心の奥底にどでんと横たわっている その「祝福」つーかテーマをむかえに行くという意味を持つだけのものなので。

そのテーマは心の奥で、無数のしがらみやら虚栄心やら思いこみやら他からの刷りこみやらセンザイ意識のバケモノやら自己愛やらに圧しつぶされ、ただの字面だけの言葉みたいに力を失って平たく横たわっている。
(と同時に全空間にあまねく存在したりもしているんですが)

私はまんがを描くことでそれをむかえに(見つけに)行きます。
そうすると、きっとそれは私の血肉となり、私は全身の毛穴からじゅくじゅくと「祝福」をにじみ出させている肉体となるにちがいなく、そういう肉体の私がかかわることによってのみつたわるモノを私はその人につたえたかった。
つーか、それ以外じゃつたわらんだろーと。
だいたい50年計画くらいで考えてた。30才で立案。

心の特定の部分で発露した願いは必ずかなうと信じていました。
私は自分の人生を「一人の人間を救う物語」として機能させたいと願い、それは絶対かなう類のものだと信じましたしね。

その人は一年ちょっと前に死んでしまい、私は亡くなるまでの二年間まったく会ってなかったので、その人が答えを見つけたかどうかは知りません。
私の息子の意見では
「そーゆー答えは生きるのが終わった瞬間 誰にでもわかるものじゃないの? (だから生きてる間にそれについて思いわずらうのはやめれば?)」とのことなので、それならいいなあと思います。
「それに何よりもう苦しんでないし」とも息子。

まあそういうわけで私はもう答えをさがす必要がなくなりました。
(無くなったので意識できた)

通夜の席、棺の中でその人はとてもきれいで
私はそんなにもきれいな男の人を見たのはうまれてはじめてでした。

私はその人と結婚して彼の苦しみをいっしょに苦しめて本当によかったなあと思いましたよ。
いや、マジで。

---

長文の引用、マナー違反ですねスミマセン…。
それを読み、作品を「生きていていいよ漫画」と受け取ったことに納得し、改めて過去のギャグ(?)を読んでも言葉が重くて思いを巡らせます。

そこに冒頭に書いた文庫のあとがきはこう続きます。

---

今でも時おりIさんの夢をみます

夢の中で昔と少しもかわらぬIさんとのひとときをすごし

「…あーよかった…!! あの人もう死んでるんだった…!!」
とかムネをなでおろして オニのようですが

亡くなって四年近くたった今日この頃
ようやく 楽しかったこととか Iさんのやさしさとか
少しづつ 思い出せるようになってきましたよ

---

と、しめられるのです。

どんな愛憎劇、どんな人間ドラマ、どんな…言葉がないです。
どんなことがあったのだろう。
どんな感情が湧いたことだろう。

そう考えながら読むと、シュールギャグでも、言葉ひとつひとつが重いです。

ここまで明文化されてなくても、表現者は思うことがあって作品があるとは思うのですけれど。

感謝の方向へ、濃い人間関係を自分の成長という方向へ昇華したい。
私もそう思うことが多いので。つい。

「ぼくの地球を守って」日渡早紀(白泉社)

2010 05 17
ぼくの地球を守って (第1巻) (白泉社文庫)ぼくの地球を守って (第1巻) (白泉社文庫)
(1998/03)
日渡 早紀

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1987年に連載の始まった名作です。
今更この作品について何を……という感もありますが。

初めて読んだ時、すさまじいショックを受けました。
生きること、死ぬこと、幸せ、記憶、自分のいる世界が普通とはかぎらない……とにかく考えさせられました。

特に「生きているから幸せ」「死ぬから不幸」という形式が逆であるということ。

人間にとっての最大の不幸とは何か。

この作品を読んで、最大の不幸は「孤独」なのだと思いました。
つまり精神的な不幸。

前世での業を現世で復讐することに燃える登場人物。
それをいさめる言葉

---

バカらしい思わへん?
来々々世までそないな無駄な時間を浪費するんやで
おんなし事 繰り返して 繰り返して
しまいには相手が完全に忘却の彼方や

この際 より幸福になった方の勝ちや
そう思た方がええで 絶対や


---

早く負の連鎖、その記憶から抜け出し、自分の幸せを掴むことに懸命になった方が勝ちなのだな、と思います。

この復讐に燃える登場人物は、前世でも親代わりの人物に似たようなことを言われています。

戦災孤児であった登場人物はからかわれ子供同士のケンカになり、相手にケガを負わせてしまいます。

そこでなされたのは、親代わりの人物からの頬へのキスでした。
そして以下の会話になります。

---

…な…何してんだよ

「何って……親子のフリだよ」

世間の親は叱らずにこうするの?

「さあね 親子にも由ると思うけど」

…ふ…うん(涙)」

「どうして泣くの?」

わかんないよ わかんないけど… 涙が出るんだ

「……… …多分 君は実感したんだよ こういう経験は君にとっては初めてで… だけど君がなぐり倒した子には生まれた時から当り前のようにあった事なんだよ」

「君にとっては初めてのキスだけど まわりの子供はもう何万回ももらっている その違いが『孤児』なんだって改めてわかって… 君は 心の底からやっと…」

「『淋しい』って思ったんだ とても人間らしい感情で」

(泣く少年)

「悔しいかい? 悔しいなら不幸になっちゃダメだぞ 絶対だ」

「今は不幸かもしれない でも将来はわからない」

「君が少しずつ不幸から脱していけたら 今度はその時に褒美のキスを一つずつあげよう 『よくやった』って」

「私にとっての褒美は その時の君の 笑顔だよ」

---

現在、次世代編として「ボクを包む月の光」という連載が続いています。

絵も内容もかなり変化しており、戸惑うこともありますが、こんなセリフにハッとしました。

いさかうことのできる幸せ

これは、その、戦災孤児だった少年が数奇な運命をたどり、紡ぎ出した考えからでた言葉でした。

強い強い孤独を味わったその人物にとって、争える相手がいるだけ幸せだと。


幸せとは? 不幸とは? ということを考えることもありますが、望まない孤独より怖いシチュエーションはなかなか浮かびません。


作品は違いますが「ミッシングアイランズ」柴田昌弘(白泉社)収録の「闇巡る声」に出てくる地獄では、休息ができません。

人を襲う虫、立ち止まったり寄りかかったりするとそこから出てきて人にたかる虫、ただ人を高いところから落として殺す鳥、人間狩りの兵隊……

恐ろしさではダントツの地獄です。

しかしこちらは肉体的です。

肉体と精神と、どちらの不幸の方が強いのでしょうか?
簡単にわかるものでも、答えが出るものでも、答えが出たらどうなるものでもありませんが……。


先日読んだ作品「period」吉野朔実(小学館)でも衝撃的なシーンがありました。

主人公は小学生。父親にお金を無心しにくる叔父。
母親だけではなく、自分や弟にも暴力をふるう父親は、バットを主人公に渡して言います。

「殴ってやれ。そうすればこいつらは私に慰謝料を請求することができる。おまえが、殴れば殴っただけ慰謝料は高くなる。こいつらは金が欲しくてきたんだ。おまえが払わせてやれ。」


これも精神の苦痛です。


そういったものを、どこまで感情移入して知れば良いのでしょう?
世の中の不幸を、どこまで知ろうとしなければならないのでしょう?

無責任に投げ出すということではありません。

重要なのは想像力。そして知識を得るということができることへの感謝ではないでしょうか。

「プロペラ」広田奈都美(集英社)

2010 03 31
プロペラ 1 (YOUNG YOUコミックス)プロペラ 1 (YOUNG YOUコミックス)
(1998/04)
広田 奈都美

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高校生の幼なじみ恋愛モノ。
そう言ってしまえばどこにでもある普通のお話。でもこれはどこか違う。

どこが違うんだろう、と思った時、浮かんだのが漫画「月光の囁き」最終巻にあった作者のあとがきでした。

「主人公の二人だけで話を作る」ということ。

>世の中の恋愛マンガや小説やドラマのそのほとんどが三角関係で話が成り立っています。

両思いになりました、めでたしめでたし、じゃあ、その後は?
話に起伏を持たせるため、主人公の違う感情を引き出すため、いろんな理由で違う人間関係を生み出し、話が進んでゆく。

でもこの「プロペラ」はそうではない。
やはり第三者は出てくる。恋愛の対象としても出てくる。
それでもやはりずっと主人公の高校生二人がお互いを見つめながら、そして相手が手に取るようにわかったり、未知の生物のように不可解だったりしながら、もがいたり、相手や自分のことを理解しようと努力したりします。

その姿はとてもとても人間くさく、みんなもがいているのだな、独りだけのあがきでは関係はすすんでいかないのだな、と感じます。

たった二巻で終わりですが、二人の歴史を一緒に歩むような、ああ、幸せであって欲しいな、という気持ちになる漫画です。

人間関係に終わりはないのだ、と。

 「ニューヨーク・ニューヨーク」白泉社 羅川真里茂

2009 12 16
ニューヨーク・ニューヨーク (1) (白泉社文庫)ニューヨーク・ニューヨーク (1) (白泉社文庫)
(2003/03)
羅川 真里茂

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ニューヨークを舞台とした、ゲイの主人公とその周辺の人達とのドラマが描かれたストーリー。

少女漫画のゲイもの、というと、過激なシーンが多い、ストーリーに無理があるようなものが多いが、これはそういったジャンルのものとは違い、ゲイである自分に葛藤し、また運命を感じた相手の、不幸な生い立ちや過去にからんだ恋愛事情に苛立ちつつ、周囲の差別や偏見、振舞いに苦しんだり安堵したりする話です。
親へのカミングアウト、同僚の裏切り、その他、ヘビーなことを二人で乗り切っていきます。
最大の難関である犯罪への巻き込まれ。

そういったことを乗り切り、平和に年をとってゆく二人。
老人になった主人公の、もういない相手を思って言った「私はもうメルと過ごしたのと同じくらいメルがいない時間を過ごしたよ……」という言葉の重みをずっしりと感じました。

そして最終巻に収められている短編の「僕から君へ」。
淡々とした描写、細かいところで効くモノローグ。
何をなくしたわけではないが、胸に大きな穴があいたというのが
伝わって来る。

初めて読んだ時は号泣しました。今でも何度読んでも大好きなお話です。
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